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  • 執筆者の写真GUEST HOUSE IOLY 庵 OSAKA

10年が経ちました。

東日本大震災から今日で10年が経ちました。


早くも10年、という気もしますが、これまでの10年の歳月のあいだ、いろいろなことが日本や世界で起こり、一人一人の感情や行動に変化をもたらしてきました。


私は震災翌年の2012年から2014年まで東北地方の震災ボランティアに参加し、その後ネパール地震、熊本地震、九州北部土砂災害や広島土砂災害の災害ボランティアにも参加しました。2012年に初めてボランティア活動に行った岩手県大船渡市では、参加したボランティア団体にカナダ人男性がいました。彼は、東日本大震災の発生後に日本を出て帰国する外国人の人たちが多かった中、「自分は日本に残る」と決意し、ボランティア活動を始めたとのことでした。


ちなみに、数年後の熊本地震の直後、当時は熊本市以外、県外からのボランティアの受け入れをしていなかったのですが、熊本市内でボランティア作業をしていた私は前述のカナダ人男性に連絡して、彼のツテをたどって益城町の多国籍なボランティア団体に飛び入りで参加して、益城町でボランティア活動を行ったことがありました。

また、2012年から2014年当時、会社勤めをしていた私はゴールデンウイークとお盆休みを利用して東北地方のボランティア活動をしていましたが、そのときそのときで参加者を募集しているボランティア団体と私の日程がマッチするものに参加していたところ、毎回違う町に行くこととなりました。


2回目だったか3回目だったかに東北ボランティアに行った後のことです。当時私は宮城県と岩手県でボランティア活動をした後、福島県会津若松市に寄り道をして、街を観光して、その夜、炉端焼き屋さんに行きました。カウンターで一人で飲み食いしていたところ、右隣りのオジサンと左隣の若者三人組と話しが弾むようになりました。

私が「宮城と岩手でボランティアしてきました。」と言うと、その若者たちは

「ありがとうございます!」と私に言ったのでした…。


私は衝撃を受けました。


宮城と岩手でボランティアをしたという私に、福島の人たちが「ありがとう」と言ってくれたのです…!


時間も場所も離れた今、ここ大阪府羽曳野市恵我之荘では、ゲストハウス庵(いおり)大阪 のすぐ近くに、気仙沼出身の大将が切り盛りしているお店があります。

ゲストハウス庵のオープン前に初めて行ってみたお店で、次に訪れたのはその二ケ月後でした。初めて行った時に東北地方の話とかで会話が弾んだのですが、二ケ月ぶりなので覚えていないだろうと思っていましたが、カウンターの中から顔を出した大将が開口一番、「お客さん来てる~?」と…!

嬉しい限りでした…。


また、先月の東北の地震を受けて、私が日本語で「みなさん、地震、大丈夫ですか?」とFacebookで投稿したところ、ネパール人男性から英語で「無事を祈る」とのコメントをいただきました。その彼は私がネパールに滞在したときにガイド兼ホスト(ファミリー)をしてくれた人でした!


これらは私の個人的な例ですが、これまでの10年が日本や世界に与えた変化は、人と人とのつながりをより強くした、と言えるのではないでしょうか。

自然災害も疫病もですが、平穏な日常ってありがたいですね!

今まで出会ったみなさんも、まだ見ぬゲストさんも、お元気で!!


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