ゲストハウス庵(いおり)大阪 に、アルゼンチン人の男性が宿泊されました!
中くらいの大きさのスーツケースと、とっても大きいスーツケースを引きずってやってきたこの男性、「荷物が大きいね!」と私が率直な感想を伝えると、
「ワーキングホリデーなのでね!」との答えが。
なるほど、これから日本に1年間ほど滞在するようです。
ゲストハウス庵にアルゼンチンの方が来られたのは初めてのことですが、それどころか私自身、今まで日本でも海外でもアルゼンチンの方に会ったこと自体ありませんでした。
ですが、このゲストさんの顔立ちも、スペイン語訛りの英語も、私が以前勤務していた英会話スクールで一緒に働いたコロンビア人男性を思い出させるものがあり、初対面ながら親近感を抱いて接していました。
彼は日本に来る前の1年弱、オーストラリアのメルボルンで英語学校に通っていたそうで、そこで多くの日本人と知り合ったそうです。
今回、日本に着いて最初に千葉に行ったそうですが、それはオーストラリアで知り合った日本人の方に会いに行ったそうです。
ワーキングホリデー・ビザでの日本滞在なので、日本国内好きなところに住めるわけですが、まず最初の定住の地として大阪を選んだのも、日本に住んだことがある知り合いに「大阪の人はフレンドリーだ」と聞いていたからだそうです。
3か月を目途に滞在し、その後、北海道など日本各地を訪れたいとのことです。
当館には1週間近く滞在され、その間にシェアハウスを検索したり実際に見て回ったり、その合い間に大阪市内や藤井寺を散策したり。日本人も外国人も住んでいるところであり、短期間の滞在ができるという点でシェアハウスを選んで探したそうです。
当館に滞在されていた間は、音楽の話や日本やアルゼンチンの話、そして私もかつてワーキングホリデーで住んでいたオーストラリアの話などで盛り上がりました。
アルゼンチンといえばメッシ!⚽
私の英会話レッスン受講生の小学生の男の子で、メッシが好きだという子がメッシがアルゼンチン出身であることをついこないだレッスンで話してくれたよ、と彼に話すと、彼も誇らしげにスマートフォンの待ち受け画面を見せてくれたのですが、それはサッカーの名シーンか何かの写真でした。✊
彼は初日に、私がゲストハウス庵のラウンジでBGMとしてかけていたビートルズのホワイトアルバムに反応し、
「ビートルズかい?」と聞いてくれ、お互いイギリスやアメリカのロックが好きであることが分かりました。
ブエノスアイレスでガンズ・アンド・ローゼズやロジャー・ウォーターズのライブに行ったことがあると話してくれました。🎸
音楽となるとロックの話ばかりだったので、ある日、ブエノスアイレスではみんなタンゴを踊るのかと聞いてみたところ、なんと、そんなことはないのだそうです…。😲
彼曰く、故郷アルゼンチンを離れてオーストラリアに住んだときに初めてみんなからタンゴについて聞かれたそうで、それがきっかけでタンゴを聴いてみたとのことです。😲
あるとき、当館のキッチンにコップのようなものから鉄製のストローのようなものが突き出ているのがあり、それを一目見た私はそれが何か分かりました。以前、英会話レッスンのテキストの中で見たことがあった、マテ茶のコップです!
一回、彼はそれを淹れて、私にも飲ませてくれました。
味は日本の緑茶をさらに渋~くしたものに似ていましたが、それをコップの蓋に直結した口の狭いストローのようなもので吸って飲みます。
アルゼンチンの人たちは1時間ぐらいかけてゆっくり、一つのコップをみんなで回して飲むそうで、「マテ茶を飲む」というと、誰かとゆっくりリラックスすることを意味するそうです。☕ 一方、同じコップで回し飲みする風習なので、コロナ禍では下火になったという経緯もあったそうです。
アルゼンチンで3年間日本語を勉強していたという彼は、当館滞在中の挨拶も日本語で、
「ただいま~。」「おかえり~。」などとてもいい発音でした。🤗
一方、日本での生活自体はまだまだこれからで、「初めてご飯を炊くゾ!」と彼が買ってきたのが、レンジでチンするだけのパックのごはんだったこともありました。😉
本国では医師の免許を持っている27歳の彼。すぐにお医者さんにならずにオーストラリア、日本と外国に住んでいるのは、「医者になったら簡単に辞めて旅ができなくなるから」だそう。
ちなみに、彼の叔父さんは地元の神父さんだそうで、その教会の写真もインターネット上で見せてくれました。
また、彼はブエノスアイレス郊外のルハン(Lujan)という町の出身で、その町はバシリカという、ふたつの尖塔のある教会で有名だそうで、彼のスーツケースにもこの教会のステッカーが貼ってありました。
いつか行ってみたいものです。🌎
いくつかのシェアハウスを見た結果、大阪府吹田市のシェアハウスに決め、梅雨の大雨の中、ゲストハウス庵をチェックアウトして新たな地へと向かいました。
そのシェアハウスに決めた日に、難波、心斎橋、道頓堀、アメリカ村辺りも散策してきたとのことで、ちょうどその辺りを「カタカナで『ミナミ』と呼ぶんだよ。」とお伝えしました。すると、「『キタ』はどの辺なの?」と彼。梅田周辺であることをお伝えし、キタとミナミの雰囲気の違いに触れ、さらには大阪府全体も北部と南部で雰囲気が違う、少なくとも大阪府民はお互いを違う目で見ていることにも触れました。
すると彼は南北のそういった意識はブエノスアイレスにもあると言います。
私が以前住んでいたところではイギリスのロンドンもテムズ川の北と南とで違いました。
また、イギリス国内でも北部と南部とでお互いを意識している所がありました。
すると彼も、アルゼンチン全体も南北の意識があると言います。
大阪の話に戻り、「じゃあここ(藤井寺)は南?」と彼が聞きます。
「そうだよ。」と返すと、吹田市に引っ越すことに対して
「なんだか裏切り者みたいな気分だ…。」と大げさに言っていました。🤗
言葉や文化の壁を乗り越えて、1年間の日本生活を楽しんで!👍
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